最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)451号 判決 1967年9月07日
上告人(被告・控訴人) 阿部光二
被上告人(原告・被控訴人) 穂刈貯起雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由第一点1について
記録によれば、上告人が、原審において、所論借用証の提出の申立をしたことは認められるが、右申立が認容せられ、原審が被上告人に対してその提出を命じた証跡は見当たらない。それゆえ、論旨はその前提を欠き、採用に値いしない。
同第一点2および第二点について
所論債務の承認の事実に関する原審の認定は、挙示の証拠によって是認することができる。そして、債務者が自己の負担する債務の消滅時効が完成したのち債権者に対して当該債務の承認をした場合には、時効完成の事実を知らなかったときでも、爾後その債務につきその完成した時効を援用することが許されないことは、論旨指摘の判例(当裁判所昭和四一・四・二〇大法廷判決・民集二〇巻四号七〇二頁参照)の示すところである。論旨は、ひっきょう、原審が適法にした事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を攻撃するもので、採用に値いしない。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田誠)
上告人の上告理由
第一点<省略>
第二点
原判決には最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。
即ち
1、昭和四一・四・二〇最高裁判所の判例では従来の大審院判例を変更し時効完成事実を知らないで債務の承認をした場合でも放棄とはならないけれど時効の援用は出来ないとしている、即ち
「債務者が自己の負担する債務につき時効が完成したのち債権者に対し債務の承認をした以上時効完成の事実を知らざりしときでも爾後その債務につきその完成した消滅時効の援用は許されないと解するを相当としている」
然るに原審判決では甲第二号証の一・二の文面をとり上げてこれが上告人をして被上告人に対した債務の承認をした文書である旨認定をなし
時効完成の事実を知らざりしときでも承認をしたから時効の援用は出来ぬとしている。
これは承認であると云う前提のもとに原判決をなしているからしてこの様な理由付になったものである。
承認であるかどうかと云う事はあくまで事実の認定事項である。
従ってこの事実の認定を誤った判決である故本判例を引用して判決をなす理由こそ不備であり且つ判例に違背していると云はざるを得ない。
又時効の援用時機を原判決では前記債務の承認後である昭和三九年三月一一日弁済期日に援用をなしたこと弁論の全趣旨より明であるとしているが時効の援用は裁判になって初めて訴訟法上の防禦方法として効果のあるものである。(昭和八・七・四大審院判例)
故に裁判手続上からして援用しなければ効果の生じないことは前記判例により明らかである。
「然るに原審判決は裁判手続上の時効の援用を許さない」
と上告人の適法な時効の援用を排斥している。
2、次に本件債務の発生時期は昭和二六年五月一〇日頃上告人に二〇万円を弁済期一ケ月後であると原判決では認定をしている。
然らば上告人主張の商事債務でないにしても一般債権の時効は一〇年であるとするならば昭和三六年六月九日をもって時効が完成している。
然るに本請求の催告書は時効完成後二年一ケ月を経て初めて催告されている(甲第一号証)且又昭和三八年一二月二六日に初めて訴訟(支払命令)の提起があるものである。
しからば
元来消滅時効の制度は権利の上に眠る者を保護せずとするものであることからして大正八・七・四大審院判例は債務は消滅時効の完成と同時に消滅し当事者が時効の援用をもって始めて消滅するものではなく唯当事者が援用して始めて裁判所が之により制裁することを得させるに過ぎないとしている。
然して時効の利益の放棄は債権者の同意なくしても何時でも放棄する事は妨げないとしている。
即ち本判例のとおり債権の消滅時効は完成と同時に消滅するものであって消滅すれば請求権も消滅する事論をまたない。
然るに本件債権の請求は完全に消滅時効により消滅した債権(消滅後二年間も経過している)の請求である。
従って根本的に請求権のなき債権の請求であると云はざるを得ない。
原判決にはこの点について何ら判断を示していない。
即ち前記判例に違背した判決であると論ぜざるを得ない。
以上第一点、第二点共原判決は採証方法及判例違背がある違法なものである故破棄を免れないのであり破棄の上相当判決を求めるものである。